家康公の愛した三河の味噌【~カクキュー「八丁味噌の郷」から~】

Story.04

家康公の愛した三河の味噌 ~カクキュー「八丁味噌の郷」から~

家康公がとりわけ好んだとして知られる、三河の味噌。江戸に本拠を構えてからも、慣れ親しんだこの味噌を取り寄せては毎日食していたとか。この味噌から生まれたのが、愛知を代表する味噌「八丁味噌」です。この八丁味噌とはいったいどんな味噌なのか、老舗「カクキュー」で工場見学をしながら勉強してきました。

そもそも八丁味噌とは何なのか

八丁味噌は、大豆と塩と水だけで作られる“豆味噌”。家康公の生誕の地である岡崎城から西へ八丁(約870メートル)ほど離れた旧八丁村で、『カクキュー』と『まるや』が昔から味噌を作っていたのだとか。「東海道を通る旅人たちの間で、その美味しさが評判となり“八丁味噌”と呼ばれるようになったんですよ」とガイドの鳥山さん。
なるほど!「八丁(地名)の味噌」が、いつの間にか「八丁味噌」というブランドとして定着したのですね。こんなに有名なのに、意外と小さなエリアで作られていたことにもオドロキます。

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八丁味噌はなぜブランドになったのか

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八丁村は、米ができにくく大豆栽培に適していたこと、吉良に塩田地帯があったこと、矢作川の舟運と旧東海道が交わる水陸交通の要所だったこと、徳川家により保護されたこと…などから、味噌づくりが盛んに行われていたと言われています。
しかし他の地域でも豆味噌は作られていたはずなのに、なぜ八丁村の味噌だけがブランドになったのでしょうか。

まずは先に述べた通り、徳川家との深い関わりがあるでしょう。でもそれだけではないはず。「一般的な豆味噌と八丁味噌に、製法の違いはあるんですか?」と聞くと、「大豆麹が大きいことと、仕込み水が少なく、二夏二冬という長時間かけて熟成させているところです。八丁味噌は今でも木桶に石積みをして仕込んでいます。だからコクが深く、固く仕上がっているんですよ」と鳥山さん。確かに八丁味噌は粘土のように固くてビックリするほど真っ黒!いかにも大豆の栄養が凝縮している感じがします。
稲刈りが終わった後に、地域の人たちが集まって味噌を仕込む八丁味噌は、八丁村全体で大切に守られてきたものでした。そう、この味噌は、独特の製法や文化を持つ、とても個性的な味噌だったのです。

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味噌だけでなく道具も生きている

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次に天保10(1839)年にできたという最も古い六尺桶を見学。なんと木桶は100年使える立派なものです。「仕込みが終わっても内部に少し味噌を残して、洗う時は1日だけ天日干ししてすぐに仕込みに入り、木に水分を絶やさないようにしながら大切に使います」。現在使われている桶で一番古いものは、天保15(1844)年製のものですが、これがずっと現役で活躍していると思うと、神々しさすら感じます。味噌はもちろん、味噌を入れる桶も、桶を縛る竹製のタガもまた、生き物として大事に育てている、そんな思いが伝わってきました。

石積みが職人技である理由

八丁味噌造りに欠かせないのが、仕込みを締めくくる「石積み」の作業。ピラミッド状に乗せられた石、これこそが職人の技なのだとか。「これは単純に積んでいるのではありません。石の重さで内部の水分の対流を促すために、重さに偏りがあってはダメ。1個ずつ重さも形も違う石を見ながら、均等に荷重されるように置いていくんです」。
だったらそんなに大変なことをしなくても、大きな重りを漬物石のようにひとつ置けばいいのではないか、と思いませんか。
ところがそう単純な話ではありません。使っている木桶も職人が手作りで作り出す道具のため、桶によって若干大きさに差があるのだとか。この大きさの違いに併せて不均一な石を積み上げることで、計算して均一な味噌を作り上げるのが、この石積み職人、というわけなのです。本当にすごいですよね。

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プライドを捨てない孤高の味噌

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八丁味噌は、昭和初期に帝国議会によって値段が統制されたうえに、「ぜいたく品だから、売りたいなら塩と水を増やして売れ」と糾弾されるという不遇な時代がありました。そんな中、「どんなことがあっても製法は変えない」という信念のもと、二社ともに製造・販売を中止した時代もあったのです。昔ながらの製法を今まで崩さずにいるということは、正直、苦しい現実の連続であるに違いありません。それでも守り続けるという先人たち、そして今の経営者たちの一途な思いがこの八丁味噌の神髄なのでしょう。だからこそ、八丁味噌は唯一無二の存在として、今も輝きを放っているに違いありません。

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