受け継いでいく伝統と哲学【「まるや」当主・浅井信太郎社長に訊く】 | 【公式】愛知県の観光サイトAichi Now

受け継いでいく伝統と哲学【「まるや」当主・浅井信太郎社長に訊く】

Story.05

受け継いでいく伝統と哲学 ~「まるや」当主・浅井信太郎社長に訊く~

「カクキュー」「まるや」の関係

八丁味噌といえば、旧東海道を挟んで向かい合った「カクキュー」「まるや」の味噌を指しますが、気になるのがこの両者の関係。一体どんな間柄なのでしょう。
「我々は昔から、お互いにいい商いをしよう、と常に切磋琢磨してきた関係です。非常に賢い人たちですから、つまらぬ争いはしない。お互いが時に協調し、時に品質を高めあう上で競いあってきたからこそ、長い歴史の中で生き残ってこられたのでしょう」とまるや・浅井信太郎社長。それを裏付ける面白いエピソードも数々残っています。例えば…。
江戸時代に大名貸しで大変繁盛した「まるや」大田家は、江戸幕府解体によりその金が戻ってこなくなり、一転して存亡の危機に陥りました。そこで「カクキュー」早川家に身売りの話を持っていくと、当主・早川久右衛門はひとこと、こう言います。『当家は創業時より東海道の北にあって、それを越すことは断じてできない』。

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「まるや」という存在を大事に思うからこそ、あえて買わなかったという久右衛門の男気…これにはグッときます。そこから「まるや」も奮起して、カクキューをいい意味で刺激する存在であり続けたのですから、八丁味噌の発展はこの二社が揃っていたからこそ成し得たともいえるでしょう。
平成17(2005)年には両社とそれぞれの販売会社を含めた4社で「八丁味噌協同組合」を発足して、味噌の品質や伝統の維持、文化の発信をテーマに共同で活動しています。2ヵ月に一度は、社長同士勉強会を開く間柄。ときを越え、今でもリスペクトし合える関係が、とても素敵ですね。

オーガニック八丁味噌の挑戦

初代当主・大田弥治右衛門の「や」をとった「まるや」は、大田家が衰退した後、親族の加藤家によって受け継がれていきました。その加藤家の親族筋であったのが現当主の浅井信太郎社長。24歳でドイツに留学、34歳のときに「まるや」に入社したという異色の社長です。

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浅井社長は、ドイツ留学時に出会った「マクロビオティック」の考えに影響を受けて、オーガニック八丁味噌にいち早く着手。アメリカのOCIAという認定団体から大豆を買い込み営業活動をスタートしましたが、当時の日本では「(有機栽培なんて)小便かければ同じでしょ」と言われてしまう程度の認識。これに憤慨した浅井社長は「日本では絶対に売らないぞ!!」と固く心に誓い、欧米だけで販売することにしたそうです。
この話を聞くと、あまりにも潔すぎる行動に驚かされますが、同じ場面があれば、代々の当主たちもきっと同じ決断をしたはず。

浅井社長は笑ってこう言います。「『コンチキショー』と思うことがあっていいんです。順風満帆でないのがね。必ず他の方法があるのだから。そこから新しい道が開けることだってあるしね」。そのおかげで、のちに日本で有機JASの制度ができたころには、アメリカやヨーロッパ、ユダヤ教の認証も受けるなど、大きな実績を持つことができ、他の企業より一歩も二歩も先んずることができたのでした。

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労を惜しまず伝えること

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面白い企業の社長さんは、有能な営業マンでもあるもの。浅井社長も自らを“試食販売の帝王”と言うほど、営業のため常に現場に赴きます。海外のレストランを味噌汁の入ったポット片手に1軒ずつまわり、日本ではトレードマークのハッピ姿でスーパーの店先に立つことも。驚くのは、その気迫!「価値があるからこそ、きちんと目を見て伝えていかないと」という浅井社長からあふれる情熱に、ついつい引き込まれてしまいます。投資の国アメリカで、浅井社長が“Mr.HACHO”と呼ばれ愛されているのも、この人の話を聞いてみたい、信じたいと思わせる強い思い…魅力を感じるからなのでしょうね。
そして、世界中を飛び回る生活を送るのも、社長が一番働かなくてはならないと思っているから。「従業員が品質であると思うんですよ。従業員が仕事をつまらないと思っていたら、桶にも味噌にも同じ対応をするでしょ。だから、一番知恵を出してよく働いて、従業員を大切にすることが、味噌蔵を守ることでもあると思っているんですよ」。

味噌蔵には神秘が宿る

大学時代は農学部で酵母や乳酸菌について研究していた浅井社長ですが、蔵には科学では解明できないような神秘があるといいます。例えば、まるやとカクキューは旧東海道を挟んで6mしか離れておらず、製法もほぼ同じ。しかし、それぞれ味が違うのは、蔵の持つクセがあるからだと言います。その違いこそが面白い、とも。
「まるやでは、土間に木桶を直接置いて、土に触れさせることにこだわっています。自然のエネルギーを吸い込むものだから」…そういうと突然浅井社長は「マジックを見せてあげる」とニヤリ。取材者に右手を出させると、親指と人差し指をつないでOの字にさせ、左手に携帯電話を乗せました。まずはその状態で、Oにした指を浅井社長が広げます。次に再び右手はOに、左手は八丁味噌を乗せて、浅井社長が指を広げようとすると…。なんと!なかなか広がりません!
「アッ!全然違う!」別の人で同じことをしても、同じ結果になりました。何とも不思議な体験をして、あっけにとられる私たちに、浅井社長はヒトコト「これが自然の神秘」。見えないものに潜む不思議な力を知っているから、どんな時代がやってきても、昔ながらの製法を一心に守っていけるのでしょう。ある意味、信仰に近いのかもしれません。

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変えないことで成長する価値

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大阪・堺に1人だけ残る職人さんに木桶を作ってもらっているのも、その思いを100年先も繋いでいきたいから。「ステンレス桶でたくさん作るのもひとつの価値でしょうが、うちは、そんな近道をしたからってどうなんだ、と。それはphilosophy(哲学)の違いです」。だからこそ製造に2年もかかる木桶を前倒しして注文、その次の世代へつなげています。この先、どんなことがあっても、歴史を刻んだ桶を見ればきっとわかる。そのための今なのだと浅井社長の笑顔は語っていました。


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