Story.10
「和譲良酒」に込められた蔵人たちの想い
ほうらいせん吟醸工房豊田市
「和譲良酒」・・・良酒は和を醸す。
元治元(1864)年創業の関谷醸造の酒は、「和譲良酒」の名のもとに生み出されてきた。
「和譲良酒」本来の意味は、「和は良酒を醸す(チームワークによって良い酒が生まれる)」という意味ですが、関谷醸造では、もう一つの解釈として「良酒は和を醸す(良い酒は人の和を生む)」として捉え、“人の和を生むような酒を作りたい”という目標を掲げています。
そもそも酒造りとは複雑な工程をまたぐため、多くの人出が必要だった。多くの蔵人が農閑期である冬場にやってきて住み込みで働き、分業を行う。外に目をやれば、運輸業、水屋、臼屋、桶樽問屋、薪炭業など、さまざまな業種も酒蔵を中心に成り立っていた。
つまり、酒蔵は必然的に地域や人に力を与え、与えられもしながら、ともに生きてきた、と言えるだろう。
さて、関谷醸造の7代目、関谷健氏の案内で、豊田市稲武にある「ほうらいせん吟醸工房」の工場見学をさせてもらった。
酒蔵といえば、木の香りが漂うような古い蔵を想像するかもしれないが、ここは完全に近代化した世界。
作業工程の一部は機械化され、とてもクリーンだ。
「作業工程に関してはすべて昔ながらの酒造りそのまま。例えば、重いものを運んだり、力のいるだけの作業は辛いだけで、味を良くすることにはつながりません。そんな部分はすべて機械化して、働きやすい環境で良い酒造りをしてもらうことを大切にしています。人の手を掛けるべき作業にこそ細やかな目配りをする、それが私たちの酒造りです」と、関谷氏。
作業場を2階にして、仕込みタンクを足元に埋めているのもそんな理由だ。
試しに、ステンレスの混ぜ棒を借りて、麹の仕込み(攪拌)をさせてもらうと・・・これが結構、重い。
腕を下にしているから女性の力でも動かせるが、昔のようにタンク(樽)が地上にあると考えると、とんでもない重労働なのだな、と実感できた。
関谷氏は、東京農業大学農学部の醸造学科出身。卒論で「米によって酒質がどう変わるか」というテーマに取り組み、米の種類が酒質に関係することに驚いたという。それがきっかけで、まずは米の目利きになるため肥料会社に入社。
さらに、酒米の最高峰であった兵庫県産の山田錦を作る現場を知るために農業試験場に入ったという。様々な経験を積み、満を持して関谷醸造に入社すると、地域の遊休農地を借りて自社で米を作る取り組みを始めた。
酒造りという2次産業の事業者が、米作り(1次産業)、販売や店舗展開(3次産業)まで手掛ける。
これが実現できたのも、いろいろな会社を渡り歩いた関谷氏の見識があったこそだろう。
だから、あえて聞いてみた。酒造りの面白さは、と。
「思い通りにならないところ、でしょうか」と関谷氏は言った。
「日本酒は米と水というシンプルな原料で、気候や微生物などの自然と時間を相手に自分たちの技量の限りを尽くして作られます。機械でデータも集めますし、同じ品質になるように努めますが、何度やっても全く同じにはならない。
それを調整して理想に近づけていく過程に面白さがあります」。
ここまで工場を見学させてもらい、日本酒の未来は安泰に思えた。
ところが「いいえ、日本酒の消費量は下がるばかりです。これからも飛躍的に増えるということはないでしょう」と厳しい見解をする関谷氏。でもなぜか、悲壮感はまったく感じられない。
言葉に困り、店内を見渡す。並んでいたのは、定番の蓬莱泉シリーズのほか、自家製の酒粕を蒸留した焼酎や、自社製焼酎と奥三河産の農産物を使用したリキュール、酒を使った加工品など。「これからは、食に対する関心が深まり、自分なりの豊かさを追い求める時代、だからこそ、私たちは酒そのものを売るのではなく、ひとりひとりに届くような酒造りをしていきたいと思っています」。
そうだ、それは酒蔵に新しい時代がやって来たということ。そして、楽しさが広がったということでもある。
名古屋市西区那古野、江戸時代の米蔵を利用してできたのが、飲食店「SAKE BAR 圓谷(まるたに)」。
蓬莱泉など関谷ブランドの日本酒が味わえるだけでなく、実際に酒造りに使用している自社栽培米の食用品種「チヨニシキ」や粕汁を出すなど、酒蔵ならではのアイデアで日本酒ファンの心をつかんでいる。
そしてここ、「ほうらいせん吟醸工房」は、一般の方に向け、酒造り体験やオーダーメイドができる、全国でも珍しい体験型の蔵。
酒好きなら誰でも思い描く「自分だけの酒」、そんな夢が叶うとあって、遠方から多くの人々がやってくる。
自分で作ってみて、はじめてその難しさや面白さ、できた時の喜びを味わう。
そして、誰かに贈り、ともに飲む・・・そして、ここが自分の蔵になる。酒造りからその先にも、人の和がどんどん繋がっていく。
正直、次は何が飛び出すか、予測できない。
しかし、どんな形であろうと酒造りを通じて人々をつなぎ和を醸す「和譲良酒」、これだけは変わらないだろう。
Spot Overview
元治元年(1864年)創業、奥三河の銘酒「蓬菜泉」で有名な関谷醸造が、平成16年(2004年)に開いた酒蔵です。同社社員の酒造技術伝承の場であると同時に、一般客の酒造り体験やオーダーメイドの酒造りの場として活用されており、結婚式の引き出物などとして人気を集めています。もちろん試飲や購入も可能で、事前予約にて蔵の見学も行っております。酒造り体験やオーダーメイドの酒造りについても事前にご相談いただくとスムーズです。